16


 ゆうきは夢を見た。毎晩のように見る夢には、決まって一人の男が出てきた。
「おい、そこのクソガキ」
 今日もまた、その男に声をかけられた。袈裟を着て、頭には笠を被っている。そのため、男の表情を見ることはできない。
 男はゆうきに尋ねる。
「欲しいものはあるか」
 ゆうきは首を横に振る。欲しいものなどない。そもそも、この男にそれを言ったところで手に入るとも思えなかった。
 すると、男の黒い髪の毛は蛇のようにうねりだす。首へと巻きついた髪の毛はぐるぐると幾重にも巻きついて、呼吸器官を圧迫した。
「ならば、その命もらっていこうか」
 恐怖で悲鳴を上げようとしたが、喉の奥から出てきたのは獣の唸り声だった。腹の底から熱がこみ上げてくる。酸素が上手く取り込めず、荒く呼吸を繰り返す。息が苦しい、いや、苦しくない。あれ、可笑しいな。何だこれ。
 目を開くと、いつもの白い天井が見えた。
(またかよ)
 思わず溜息が零れた。
 これで何回目になるのだろう。住職のような恰好をした顔の見えない男に声をかけられたかと思うと、不意に首を絞められる。ああ俺は死ぬんだ、と考え出したところでいつも目が覚めるのだ。多分何かに呪われているのだろうと思う。けれども死ぬ前に目を覚ませるのは、あのノバという男からもらった御守りのお陰なのだろうか。
 あの住職が誰なのかも、ノバが何をしようとしているのかも分からない。分からないことだらけだ。
 額を伝う汗をシャツで拭い、ゆっくりと息を吐き出した。ベッドから降り、傍に折りたたまれた制服のシャツへと手を伸ばす。
 学校を休むという選択肢は無かった。

 ***

 生徒たちの痛いほどの視線を受けながらも教室へたどり着くと、旭は満面の笑みでゆうきを出迎えた。
「おはよう。やっと来る気になったんだね」
 ゆうきは少し迷って、「まあな」と言葉を返した。少し周りがざわついた。え、あいつ喋れたの、という声が耳に入る。どうやらいつの間にか「喋れない奴」だと思われていたようだ。周りの大げさすぎる反応が鬱陶しい。
 つい眉間に皺が寄る。すると不意に旭の手が伸びてきて、ゆうきの眉間を指でつついた。
「何すんだよ」
「だめだよ八神くん。そんな顔してたら、幸運が逃げちゃうよ」
 悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべて、旭が言う。そんな旭に毒気を抜かれ、ゆうきは言い返そうと開けた口を噤んだ。
 何がしたいのか、さっぱりわからない。
 それでもゆうきが学校へ来る気になったのは、昨日の旭の言葉が気になったからだ。
 ――私は、八神くんと同じなんだよ。
 冷たい吐息とともに吐かれた、あの言葉の真意を知りたかった。
 自分の席に着き、旭のほうを見やる。友人たちと笑顔で話すその様子に少し躊躇いつつも、ゆうきは再び席を立った。
 旭に近づくと、彼女たちの会話がぴたりと止む。不審がる女子たちをよそに、旭は一人冷静にゆうきを見つめ返した。
「旭、昨日言ってたことは」
「八神くん。珍しいね、私に話しかけてくれるなんて」
 ゆうきの言葉を遮り、旭が言う。曇りのない眼差しを向けられると、ますます問いただしづらい。
「昨日言ったことなら、ごめん。あれね、冗談だから」
「は?」
 返ってきた言葉は、ゆうきが想像していたものとは大きく違っていた。旭はにっこりと笑みを浮かべ、再び口を開く。
「どうしても学校に来てほしくて、あんなこと言ったの。だからごめん、忘れて」
「でも、」
「忘れてよ」
 強い視線と共にそう言われてしまえば、黙るしかなかった。
 昨日のことが頭をよぎる。自分は鬼だと、旭はそう言った。あれが出まかせだったとは、ゆうきには到底考えられなかった。何か理由があるのかもしれない。旭の真剣な眼差しを見ていると、そう思わされた。
「わかった。ごめん」
 ゆうきの言葉に旭が苦笑する。申し訳なさそうな笑みを見て、これ以上は無意味だと悟った。  

- continue -

2012/07/21