05


 仕事が終わって家に帰ると、ドアの前にずぶ濡れの利央が立っていた。俺は驚いて駆け寄る。
「何してんだよこんなとこで!」
「……レイ」
 俺は利央を急いで中に入らせた。
 ひとまず利央を玄関に留まらせ、タンスの引き出しを漁ってタオルを一枚渡した。
「ほら、これでひとまず体拭きな。で、その後風呂な」
 利央はうなずいて、大人しく自分の体を拭き始めた。俺の言うことを素直にきくなんて珍しい。
 俺はもう一つのタオルで利央の頭を拭きながら訊く。
「傘は?」
「持ってくの忘れた」
「連絡してくれりゃ迎えに行ったのに。アホかお前は」
「ごめん」
 普段はこんなにあっさり謝るような奴じゃない。本当にどうしたんだろう。
「まあ、無事で良かったよ」
 気にはなるが、あんまり深く追求するのもよくない。俺は利央の頭を拭く手を止めずそれだけ言った。

「にしても、急だったなあ」
 窓の外を見上げつぶやく。天気予報で降ると聞いてはいたが、本当に突然降り出したからびっくりだ。
「お前こんな雨の中ちゃんと学校の下見してこれたのか?」
 風呂から上がった利央は、髪を拭きながらこくんと頷く。
 俺は疑問に思っていたことを訊いた。
「つーか、俺たちこの前手続きするために学校行ったよな。わざわざ今日行く意味あったのかよ」
「あったさ。今日じゃなきゃダメだったんだよ」
 利央はムッとした顔をして答える。
「今日じゃなきゃ、会えなかった」
「誰に」
「八神ゆうきに」
 耳を疑った。今、なんて言った?
「八神ゆうき、ってまさか」
「ああ。間違いなく本人に、今日会ってきた」
 その表情からして嘘じゃなさそうだ。そうか、そういうことか。
「利央、あんま気負うなよ」
「分かってる。俺は大丈夫だって」
 利央はニカッと明るく笑って見せた。いつもの利央の顔だ。その笑顔に安心して俺も笑った。
「そっか。ならいいんだ」
 もうあんな顔はさせたくない。お前が今笑ってるなら、それでいい。

 ***

 遅刻ギリギリの時間に起きて、急いで走ってたら石にけつまずいて、右側の膝を軽く擦りむいた。そのせいで遅刻して校門で教師に怒られ、ついでに服装を注意され、更に反省文を書かされた。
 そんなわけで俺はかなり機嫌が悪かった。だから俺に話しかけるアホな奴なんていないと思っていたのに、そのアホな奴が一人だけいた。今日転校してきたばかりの野葉利央って男だ。
「なあ、八神ゆうきって知ってるか?」
 どうやら隣の席になったらしいそいつは、俺にそう訊いてきた。八神ゆうき……ああ、あいつか。
「まあ、知ってるっちゃ知ってるけど」
「ホントか? なあ、詳しく教えてくれよ。あいつのこと何でもいいからさ」
「そんなの知ってどうすんだよ」
「いや、詳しいことは言えないんだけどさ。なあ、頼むよ」
「別にいいけど」
 特に断る理由もない。機嫌の悪かった俺だが、珍しく気が向いたのだ。だから教えてやることにした。
 八神ゆうきは有名な生徒だ。だから俺も当然知っている。遠目で一度見たが、とにかく髪の色が目を引いた。どうやら嫌われ者の一匹狼らしい。どうしてなのかはよく知らない。
「まあ、あんなに派手に髪染めてんだから危ない奴なんだろうな」
 俺も人のこと言えないけど。
「ありがとう。参考になった」
 何のだよ。そう訊いてもあいつは何も言わなかった。ただへらへら笑ってるだけ。変な奴。
「あ、それとさ」
「ん?」
「お前クラスで浮いてるみたいだけど、何かあったのか?」
「うるせえ。ほっとけ」
 銀のメッシュの入ったツンツン頭。ほとんどない眉毛。着崩した制服。こんな身なりだから、結構怖がられる。でも、こいつだって茶髪にピアスだ。人のこと言えない。
「まあお隣さん同士、仲良くやろうぜ。えーと、瀬川(せがわ)くん。俺のことはノバでいいぜ」
「まことでいいよ、ノバ」
 何故かこいつとは仲良く出来そうな気がした俺は、差し出された右手を親切にも握り返してやったのだった。

 ***

 放課後、誰もいない教室から、ノバは校門へと歩いていく八神ゆうきの姿を追っていた。
「シキガミ」
 ノバが呟くと、傍に影が現れる。影は段々と変化し一人の青年の姿となった。白い衣に身を包んだ黒髪の青年に足はなく、宙をふわふわと浮いている。
「あいつを見張っとけ。妖気の度合いの変化には特に注意しろ」
 ノバがそう言うと、青年は小さく頷き、すぐに姿を消した。その方向を暫くジッと見つめていたノバだったが、やがてふっと口角を上げる。
「見てろよ、炎狐ども」
 呟いた言葉は誰にも聞かれることはなかった。
 ノバは教室の窓に背を向けて歩き出す。
“あんま気負うなよ”
 この間のレイの言葉がふと脳裏をよぎる。
(ごめん、レイ)
 居候している身で、色々と迷惑や心配かけてるのは分かっているけれど、今回だけは見逃してくれ。八神ゆうきを許すことだけは、どうしても出来そうにないんだ。

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08/12/26
09/01/28 修正
09/04/26 修正
2012/01/27 修正