04


 轟く雷鳴。雨粒が激しく地面を打つ音。それらが他の全ての音を打ち消してしまうほど、酷い天気だった。
 ゆうきは一人空を見上げ、深く息を吐き出す。
(こんな日に限って……)
 自分の鈍感さが嫌になる。何故気づかなかったのだろう。
 こんな天気の日だ。傘がなければ帰れないことくらい、誰にでも分かることなのに。
 右手にある傘の柄を強く握る。その下の骨組みの部分はぽっきりと折れ、使い物にならなくなっていた。
 ゆうきを嫌う人間は多い。時には度が過ぎる悪戯もされてきた。今更どうってことはない。この程度で済んで、今日は運がいい。
 家に電話をして迎えに来てもらおうかと考えていた時、遠くで人影が見えた。他校の制服を着た少年が、ゆっくりと近づいてくる。この辺りでは見かけない制服だ。少年はゆうきの前まで来ると、にこりと笑った。
「やっと、見つけた」
「誰だよあんた」
「ああ、俺は野葉利央(のばりおう)。あだ名はノバってんだ。よろしく」
 見るからに怪しい少年だった。明るい茶髪、耳に光るピアス。ゆうきにとっては近寄りがたい、苦手な部類の人間に見える。
 ノバと名乗った少年はゆうきの隣に並んだ。そのまま暫く沈黙が続く。
「あんたも雨宿り?」
「いんや、ちょっと探しものを探しに」
「探しもの?」
「ああ、お前だ」
「は?」
 こちらに向けられた顔に、先ほどまでの笑顔はない。
「妖、って知ってるか?」
「アヤカシ?」
「ああ、お前みたいな奴のことだよ」
 ノバの視線がゆうきの眼帯へと移る。
「どういうことだよ」
 ノバの口元が緩む。その妖しい色を帯びた瞳の輝きに魅せられ、ぞくりと背筋が凍った。声が出ない。
「俺、帰らなきゃ」
 どうにかそれだけ言うと、ノバに背を向けた。これ以上この少年と一緒にいてはいけない気がした。
「待てよ」
 走り出そうとしたゆうきの右腕を少年は強く掴んだ。必死に振り払おうとするが、びくともしない。
 離せ、と言おうと振り返ったときだった。
「なあ、この腕で何人殺した? 血の臭いがプンプンすんだけど」
 ノバは笑っていた。雨で視界が遮られよく見えないが、確かに笑っていた。
 恐らくこの少年は何か知っているのだ。知っていて、こちらの反応を見て楽しんでいるのだ。
 ゆうきは半ば強引にノバの手を振り払うと、全速力で走り出した。後ろから足音は聞こえないので、追いかけてきてはいないようだ。けれど全速力で走った。息が乱れる。
 あの強い視線が頭から離れなかった。

 ***

(あれが、八神ゆうきか)
 ノバはゆうきの去っていった方向を暫くの間ジッと見つめていた。先ほどのゆうきの表情を思い出し、再び身震いする。頬の緩みが止められない。
「やっと、やっと見つけた」
 俺の家族を壊した全ての元凶。あの忌まわしき一族の末裔、八神ゆうき。必ず仕留めてやる。その息の根を止めるまで、俺は諦めない。
 天を仰ぎ、雨粒が激しく身体を打つ中そっと目を閉じる。どこかで見守っているであろうあの子に強く思いを馳せた。

- continue -

08/7/28
08/9/17 修正
09/4/26 修正
2012/01/27 修正