声の主=俺の身体を操る奴。つまりはそういうことなのだ。俺はようやく理解した。信じがたい状況だが、実際に体験しているのだから信じざるを得ない。どうして俺がこんな目に遭わなくてはいけないのだろう。
一体俺はどこから間違った?
俺が俺として唯一必要とされる場所が、真壁の傍だった。両親も教師も、皆俺ではなく俺の立場を見ている。それが堪らなく嫌だった。だから、俺を必要としてくれる真壁の傍は居心地が良かったし、楽しかった。そう、最初は楽しかったのだ。
人を傷つけることに躊躇いは無かった。だってこれは暇つぶしのゲームなのだ。本気なんかじゃない。けれどその暇つぶしを止めさせようとする奴が現れた。それが、魅月竜だった。あいつのせいで、俺たちのゲームはゲームではなくなった。魅月竜は真壁を怒らせてしまった。思えば、あれもこれも全部魅月竜のせいなのだ。あいつさえいなければ、俺はまだゲームを楽しんでいられたのに。
そんな風に考えを巡らせながら、俺の身体は教室へと向かう。足どりは内心と反比例して、非常に軽やかだった。時計を見れば、あと少しで五限終了のチャイムが鳴るところだ。どうせなら中庭か保健室で昼寝でもしたいところなのだが、俺の意思は一切行動に反映されない。
――ざまあみろ。
脳裏であいつがそう囁いた。
「遅いぞ中島。昼休みはとっくに終わってんだろうが」
「すいませーん」
教師の小言を無視してさっさと自分の席につく。普段真壁とつるんでいるからか、教師の小言も長くは続かない。
窓際の奥に座る井川の姿を目で追う。井川はこちらを見て笑みを浮かべていた。それに応えるように、頬の筋肉が勝手に弛緩する。
――美味そうな魂だ
――あれがもうすぐ、手に入る
脳内にまたあの声が響く。そして直後、俺の意思とは無関係に沸き起こる欲求に、思わず眉を顰めた。
なんでこんなに興奮してんだよ。
俺が自分の中から感じ取ったのは、人間の本能的欲求。欲情なんてものより、ずっと強い執着だった。どういう訳か、脳内のあいつは井川竜に対してそのような想いを抱いているらしい。まったくもって理解しがたい趣味だ。
何となく井川から目を離せずにいると、井川の口が動いた。全ては理解できなかったが、キヲツケテ、という言葉だけどうにか読み取ることができた。
気をつけて? 何に?
その後、SHRが終わっても坂下は戻ってこなかった。荷物を教室に残したままだが、もしかするとまだ屋上にいるのだろうか。
不安に思いながらも鞄を持ち席を立つ。俺はもうあいつらの仲間ではないのだ。これからは一人孤独に耐え忍びつつ自分に危害が及ばないよう考えていかなければならない。
自分の身を護ることしか考えていないような奴らばかりのこの学校では、誰も当てにならない。自分で自分を護れない者は、生き残れない。つまり先ほど真壁という大きな人脈を失った俺は、非常にピンチなのである。
「ねえ、中島君」
悶々と考え込んでいたとき、後ろからポンと肩を叩かれた。そちらを見やれば、問題の中心人物である井川竜がにこやかに立っていた。
「一人で帰るの? だったら、一緒に帰ろうよ」
そう言われ、俺はその意味をしばし考えた。いやいや、阿呆かこいつ。
何を企んでいるんだ。俺と井川は一緒に帰るような親密な仲じゃない。それどころか、井川に敵対心を向けている。それなのに自分から近づいてくるなんて、怪しい。絶対に怪しい。
誰がお前なんかと一緒に帰るか。そう言おうと口を開くが、出てきたのは正反対の言葉だった。
「ああ、いいよ」
舌打ちをしたい気分だったが、それもできない。何とも不便な身体になったものだ。
- continue -
2010/10/16