紅い瞳に映るもの


 ゆうきは、その日の授業に全く集中出来ずにいた。思い出すのは、先ほどのあの男の言葉。
『お前人じゃないよな?』
 あの言葉が、ずっと頭から離れないでいた。
(……なんだか疲れたな)
 最近いろんなことがありすぎて混乱する。どうしていいか分からない。

「………み、……がみ、八神!!」

 自分を呼ぶ声がだんだんはっきりと聞こえ出して、それが教師の声だと気づきはっと顔を上げる。いつの間にかクラス全員の目がゆうきに集中していた。

「ほら、問八解いてみろ」
 教師が言う。ゆうきは黒板の数式に目を向けた。全然聞いていなかったゆうきには、さっぱり解らなかった。
「……解りません」
 教師にそう告げると、全員が驚いた顔をした。まじかよ、なんて言葉が僅かに耳に入る。
 けれど無理もない。普段ゆうきが授業中に問題を解けなかったことなど、今まで一度も無かったのだから。

「珍しいな。では、旭。問八を解きなさい」
「はい」

 雪菜は黒板にすらすらと答えを書いていく。そんな雪菜を横目でチラリと見て、ゆうきはまた視線を窓の外に戻した。今は余計なことを考えたくなかった。




* * *




「よし、正解」

 そう言われ、雪菜はホッとして席につく。左斜め前のゆうきを見ると、またぼーっとしている。
(ほんと珍しいな……どうしたんだろ?)
 肩肘をついてぼんやりとしているゆうきに、窓から柔らかな日差しが降り注ぐ。すると、赤紫の髪の色が微妙に変化し、淡い赤色に輝いた。雪菜はそれを見てはっとした。思わず見とれる。
(やっぱり綺麗だなあ……)
 ふと何年も前の、あの日の姿を思い出す。そういえばあの時も、夕日に照らされたゆうきの髪はとても綺麗な色をしていた。周りの人間は皆あの髪の色を気持ち悪いと言うけれど、どうしてそんなことを言うのか雪菜にはさっぱり理解できなかった。
 雪菜はゆうきの方へ視線をやったまま、幼い頃へと記憶を辿っていく。そういえば、ゆうきが幼い頃は、眼帯をつけていなかった。
 ――母さんだけは、綺麗だって言ってくれたんだ。
 あの時のゆうきの表情を、読み取ることは出来なかった。あの背中をただ見ていることしか出来なかった。あまりにも幼い自分は無知だったのだ。
 周りにどんな目で見られようと、決してその目を隠そうとしなかったゆうきは、あの日を境に黒い眼帯をつけるようになってしまった。
 化け物、と蔑まれ、時には仲間はずれにされ、遠ざけられ。ゆうきはそれらのことに今では全く反応を見せなくなってしまったけれど、本当はきっと傷ついているはずなのだ。だって、そういった嫌なことがある度にあの桜の木の下にいるから。

『あっち行け!』
『気持ち悪い』
『化け物』

 今でも言われ続けている言葉。けれど、決して慣れる言葉じゃない。表情に出さない分、自分の中にずっと抱え込んでいるんじゃないだろうか。雪菜はそう考えている。

(……どうしてだろう)

 どうしてこんなにゆうきが苦しまなくちゃいけないんだろう。どうして誰もゆうき自身を見ようとしないんだろう。
 どうして私は、こんなに無力なんだろう。

(……いつか、必ず)

 ゆうきが独りじゃないってこと、私が必ず証明してみせる。
 改めてそう決意した雪菜の頬を、春の風が優しく撫でていった。




* * *




(八神ゆうき……あいつ、一体何者だ?)

 妙に気になる。あの表情。そしてあの後、八神ゆうきについてクラスメイトに尋ねた時のその生徒の言葉も。

『変な髪の色の眼帯野郎? ああ、一年の八神ゆうきのことか。あいつはヤバイぜ。近づかないほうがいい。噂じゃ、時々一人で誰かと会話してるとか、あの眼帯の下の目は真っ赤だとか……。とにかく、関わらないほうがいい』

 それだけではない。今までのアヤカシは、ノバを見るだけで陰陽師だと気づいていた。陰陽師の周りには、アヤカシの嫌う空気が流れているのだ。けれどあいつは違った。陰陽師という言葉さえ知らなかった。それに、自分がアヤカシだと自覚していなかった。
 妙だ。自分がアヤカシだと自覚していないアヤカシなんて、今までいなかった。否、そんな奴普通はいない。

「……少し探ってみるか」

 声に出してそうと呟き、ノバは校庭の隅にある木の上から飛び降りた。時刻は十時二十分。もうすぐ授業二時限目のが終わる。

「久しぶりに大仕事になりそうだな……」

 にやりと口元に笑みが浮かぶ。これから起こる出来事を思い浮かべると、楽しみで仕方がなかった。

 

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