「俺が、人間じゃない?」
ゆうきは自分の耳を疑った。
―ええ、そうよ。あなた、アヤカシを見たことあるでしょ?―
「アヤカシ?」
―人間の形をしていない、異形の者のこと―
「……それなら、たまに見える。眼帯を外してる時、こっちの目で」
そう言いながらゆうきは自分の左目を指した。
「でも、いつもぼやけててはっきりとは見えない」
ゆうきにはアヤカシが見える。眼帯を外さない限り何も見えないが。外すと奇妙な物体がぼんやりと見えるのだ。
―そう。その左目で見えるのは、異形の者、アヤカシ。そして、貴方も私たちと同類の者―
「俺が? そんな馬鹿な」
そう言いつつも、声が震えていた。
不思議でたまらなかった。どうして他の人に見えないものが見えるのか。どうして自分の髪の毛や瞳は、こんな色をしているのか。
―ええ。あなたは、アヤカシの世界『妖界』に生まれた、炎狐という名のアヤカシよ―
***
炎狐の話を簡単にまとめるとこうである。
昔、ゆうきは妖界で最も力のある一族である、炎狐の一族に生まれた。しかし何故か人間の形をしていた為、アヤカシと認められず、炎狐と他のアヤカシ達はもめた。
そして、遂にアヤカシ達の間で戦が起きる。父親は殺され、他の炎狐達も全滅。ゆうきの母親は、ゆうきを連れて人間界へと逃げた。この時、ゆうきはまだ赤ん坊だった。
その後ゆうきは八神優という女性に拾われ、『ゆうき』と名づけられ、ゆうきの母である炎狐は、ゆうきを見守る為、ゆうきの体に憑依した。この時、ゆうきの髪の毛は赤紫色に、左目は紅くなったということなのだ。
話が終わって、暫くの間沈黙が続いた。ゆうきはずっと俯いていた。
「信じられるかよ、そんなデタラメ」
―けど、―
「うるさい! 俺は絶対に信じないったら信じないっ!」
そう言い放つと、ゆうきは走り出した。
あんな化け物と同類?ふざけんな。俺は人間だ。ここで生まれて、ここで育ったんだ。そんなデタラメ信じるもんか。
デタラメだ。全部デタラメだ。信じたくない!
どこまで走っても闇は晴れない。炎狐が追いかけてくる。逃れられない。
―忘れないで。私はいつでもあなたの味方。いつでもあなたの傍にいる……―
炎狐が言った。
「やめろ、これ以上来るな! 化け物!」
あの化け物がまた自分の中に戻るのが恐かった。それでも、炎狐との距離はどんどん縮まっていく。
「来るな、来るな!」
すうっと自分の内側が冷たくなっていく感覚があった。かと思うと、あっという間に意識は途切れた。
* * *
目が覚めると、ベッドの中だった。自分の部屋の天井が目に入る。
あれが夢だったことにほっとしてベッドから出る。汗びっしょりだ。それに、妙に寒気がする。
(あの夢は一体……?)
何となく嫌な予感がした。
校門をくぐり、歩いていると、不意に後ろから話しかけられた。
「お前、珍しい髪の色してんな」
驚いて振り向くと、ゆうきよりも背の高い男子学生が、笑って立っていた。短い茶髪に、目は深い闇の色だ。
今まで雪菜以外の人間にあまり話しかけられたことのないゆうきは唖然としていたが、暫くしてやっと口を開いた。
「誰だあんた」
「ああ、俺は野葉理央。あだ名はノバ。今日ここの三学年に転入してきたんだ。よろしくな!」
ノバは、そう言ってニカッと笑った。ゆうきは動揺を隠せなかった。
(転入生だから、俺の噂を知らないのか?)
少し不思議に思っていると、ノバは思い出したように付け足した。
「あ、それと一応訊くけど、お前人じゃないよな?」
その言葉に、昨晩の炎狐の言葉がフラッシュバックする。アナタハニンゲンデハナイ。
あれは、ただの夢じゃなかったのか。
じゃあ俺は本当に、化け物?
「……あんた一体何者だ」
ゆうきがそう訊ねると、ノバはにやりと白い歯を見せた。
「俺は陰陽師だ」
「おんみょうじ?」
聞いたことも無い単語に、ゆうきは首を傾げる。
「そ、陰陽師。簡単に言うと、アヤカシっつう化けモンを倒す仕事だ」
ノバはゆうきに鋭い眼差しを向けた。
「だから、お前がアヤカシだと一目で分かった」
二人の間に緊迫した空気が漂う。何となく、蛇に睨まれた蛙のような気分になった。
「……ま、そういうことだから。学校で何か悪さしたら容赦しないからな」
そう言って口の片端を上げて笑っていたが、目は笑っていなかった。その目を見て、ゆうきはぞっとした。
「おっと、もうこんな時間か。んじゃ、俺急ぐから!」
急いで走っていくノバの背中を見つめながら、ゆうきは呆然と立ち尽くしていた。
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