自宅待機。それが学校側が出した結論だった。一旦生徒たちを自宅へ帰らせようという判断は、まあ当然だろう。
私も他の生徒たちと一緒に学校の門を出て、朝来た道を戻っていく。途中、恐らく学校へ向かうであろう車を何台も見かけた。何だか学校の周囲が騒がしい。
こんなに皆が騒ぎ立てているのに、私は何故か冷静だった。困惑し慌てふためく人々を、呆然と眺めていた。事の大きさに、頭がついて行けなかったのもある。まだ私は状況を把握出来ていない。だけど、今はまだ早いと思ったのだ。嘆き悲しむことも、怒り狂うことも、まだ早い。それだけは分かっていた。
最後までゆうきを信じる。信じて待つ。今の私に出来ることは、それだけだ。
それでも、河原の土手の上の道を歩いていると、辛くなる。あの桜の木の下で今日も寝てるんじゃないかと期待してしまう。
「……おい」
俯き気味に歩いていると、不意に右方向から声がした。そちらを見ると、茶髪の男子学生が草の上に寝転んでいた。ゆうきと一緒に消えたはずのあの男子学生。ゆうきの命を狙おうとした人が、今私の目の前にいる。格好は、あの時のボロボロのジャージ姿のままだ。ところどころ、赤い液体がこびりついている。
「どうしてこんなところに……」
「分からない。気づいたら、ここにいた」
それより、とその人が河原の方を向く。私も同じように目を向けた。
「見えるか?」
「……は?」
何のことかさっぱり分からない。いきなり何を言い出すんだろう。
「……そうか。なら、何か聞こえるか?」
その人が何をしたいのかはよく分からなかった。けれど、すごく真剣な眼差しをしていたから、ゆうきを何処へやったのか問い詰めることも、今の状況の説明を求めることも、できなかった。
男子学生の言うとおりに、目を閉じて耳を澄ませる。微かに、何か金属の類のものがぶつかるような音と、叫ぶような声が聞こえた。声は二つあり、上手く聞き取れないけれど、何か言い合っているようだった。そしてその声の片方には、とても聞き覚えがあった。
まさか。私は目を大きく見開く。
「ゆうき……?」
この声はゆうきだろうか。いや、そうでないはずがない。
そう確信した途端、目の奥がじわりと熱くなった。ああ、ゆうきは生きてる。
「ゆうきは、生きてるのね?」
茶髪の人に訊くと、その人はコクリと頷いた。
「生きてる。確かに、俺の目には見えている」
それを聞き、思わず体の力が抜けて、私はその場にしゃがみ込んだ。
「よかった……」
しかし安堵と同時に、頭の中に一つの疑問が浮き上がってきた。
見えている、という言葉の意味がよく分からない。
「ゆうきは、どこにいるの?」
その人の表情が曇る。そして言いずらそうに目を背けた。「ここに、いる」
私はその答えに眉を顰めた。
「どういうこと? ……そもそも、どうして貴方だけここに?」
答えはすぐには返ってこなかった。
それでも辛抱強く待っていると、その人はやっと口を開いた。
「見ない方がいい」
「……どうして?」
また沈黙。ああじれったい。
「あなたには見えてるんでしょう? ゆうきはどうなってるの? どうしてこうなったのか、ちゃんと説明してちょうだい」
少し声が大きくなってしまったけど、気にしない。どうせ周りに人はいない。
その人はずっと俯いていた。けどやがて決心したように顔を上げて言った。
「あれが聞こえたってことは、お前にも少しはその力があるってことだ」
「だから、何のことなの?」
さっきから何を言ってるんだろう。話が全く理解できない。
その人は、私の目を見て確かめるように言った。
「後悔、すんなよ?」
少し不安になった。全く光の差さない闇のような瞳が、じっとこちらを見ている。
「……うん」
それでも、見たかった。この目で、直接確かめたかった。どんな結果だろうと、だ。
「分かった」
その人が、私の額に右手で触れた。
「目を閉じろ。いいと言うまで、目を開けるな」
私は目を閉じた。すると、何かが額から入り込んできた。
痛い。頭が、ズキズキする。長い長い針を、頭に入れられているようだった。
「もういいぞ」
その人の声が聞こえ、目を開ける。
私は目を見張った。驚きのあまり声が出ない。
その人が言う。
「これが、現実だ」
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