帳簿係のチーターさん
チーターが算盤を使って帳簿をつけている。一瞬目を疑った。女性のように胸が膨らみ、ウエストがきゅっと引き締まった体つきはまるで人間の女性のようだった。
ブロンドの長い髪を肩の位置で一つに束ねたチーターさんは、ぱちぱちと算盤を鳴らしている。
ふと見れば、窓の外は真っ赤な夕日に染まっていた。私は恐る恐るチーターさんに声をかける。
「チーターさん、もう夕方ですよ」
するとチーターさんは弾かれたように顔を上げ、私を見て大きく目を見開いた。
「私が見えるの?」
言っていることがよくわからない。狭い一室にはテーブルと椅子が一つずつあり、傍らには人間の大人一人分の大きさのベッドがある。どう見てもこの部屋は私の部屋である。にも拘らず、チーターさんはなぜ私の机で帳簿をつけているのだろうか。
「チーターさんは、いつからここにいたんですか?」
朝家を出たときには、いなかったはずだ。
チーターさんは私の言葉に反応してぴくりと片眉を上げた。その目が獲物を狙うときのように鋭くなり、低い唸り声と共に鋭い牙が剥き出しになる。
「ずっとここにいたわよ」
どうやら少し怒っているようだ。
「ずっと?」
「ええ、あなたが生まれてから、ずっと。ずっと、ここにいたのよ」
チーターさんはそう言って結わえていた髪紐を外した。艶のある髪が夕焼け色にきらめく。
「そんなの信じられない」
私がそう言うと、チーターさんは腕組みをしてじっとこちらを見た。
「じゃああなたのおばあちゃんの好きな食べ物当ててみせようか。ずばり、茄子の煮付け」
「違う。南瓜の煮っ転がし」
「似たようなもんじゃない」
「全然違う」
茄子の煮付けが好きなのは確か、曾おばあちゃんだ。おばあちゃんが事あるごとにその話をするものだから、私はすっかり覚えていた。たぶんチーターさんはその辺りを混同しているのだろう。いや、今はそんなことを思い出している場合ではない。
「チーターさんは何をしているの」
「あなたの残りの時間を数えているの」
「残りの時間?」
聞き返してもチーターさんはそれきり黙り込んで、今度はノートの図表に何やら数字を書き込み始めた。あと六十五日と三時間四十五分四十秒、と呟いている。残りの時間、とはつまり、
「私はあと六十五日で死ぬの?」
「ええ。まあね」
「どうして?」
「社内のお局さんにこっぴどく叱られて、ヤケ酒して泥酔して、車に撥ねられて死ぬ」
「嘘でしょ」
「ここで私が本当だと言えば嘘になるし、嘘だと言えば本当になる。しかし必ずしもそうなるとは限らない。つまり、あなた次第ってことね」
そう言って、彼女はまた算盤をぱちぱちと弾き出した。休憩したら、と声をかけると、「あなたが死ぬまで休めないの」と返ってきた。
- end -
2012/02/11