姉さん

 ――リラックス、リラックス。
 姉さんの優しい声が聞こえる。私はその言葉を必死で復唱した。リラックス、リラックス。
 手足に震えが走る。止まらない。こんなに緊張しているのは、多分怖いからだ。失敗して見離されるのが怖い。だから解放されたい。早く終わって楽になりたい。頭にあるのはそればかりで、この状況を楽しもうなんて余裕はなかった。
 私は不器用な人間だ。自分でもよくわかっている。これまで沢山の失敗をしてきた。今日もまたそれを繰り返してしまうんじゃないだろうか。最悪の結果ばかりが頭をよぎる。
「失敗を恐れてはダメ。大丈夫、あなたならきっと大丈夫よ」
 姉さんが言う。私ならきっと大丈夫? そんな保証はどこにもない。
「気休めでそんなこと言わないでよ」
 私がそう言うと、姉さんは笑った。
「気休めなんかじゃないわ。どんなことがあっても、あなたは前へ進んでいける。私はそう信じてる」
 姉さんが私の頭を撫でた。手の温もりが、心臓の鼓動を緩やかにしていく。
「背伸びしなくていいの。あなたは、あなたの出来る精一杯をすればいいんだから」
「私の出来る、精一杯」
「ええ。だから、何も恐れることはない。あなたならきっと、乗り越えられる」
 頭から重みがなくなる。はっとして顔を上げると、姉さんは私に背を向けていた。どこかへ歩いていく姉さんの背中に、私は慌てて手を伸ばす。
「姉さん!」
 姉さんは振り返らなかった。
「私の分まで、生きて」
 私には姉さんなんていない。一つ下に妹がいるだけだ。けれど、この人は間違いなく私の姉さんだと分かっていた。
 生まれることが出来なかった、二つ上の姉さん。
「ありがとう、姉さん!」
 私は姉さんの背中に叫んだ。
 身体の震えはとっくに治まっていた。
「私、頑張るよ!」
 姉さんの姿が次第に見えなくなる。そろそろ起きなければ。
 ――リラックス、リラックス。
 その呟きは、目覚めてからもずっと耳に残っていた。  

- end -

2010/12/05