春はまだか

 雪解けの春をいずれ迎えるのだろう。さなぎは考えた。
 温かくなってこの身体に陽ざしが当たれば、それが合図だ。段々と殻を破っていき、羽を広げて蝶になる。そして自由に羽ばたけるのだ。
 あと少し、あと少し。虫は今か今かとその時を待っていた。春の合図はまだ来ぬか。
 蝶になったら何処に行こう。今まで見れなかった景色をたくさん見よう。出会えなかった者にも会える。そしていっぱいいっぱい恋をしよう。
 七回目の太陽が沈むまでがリミットだ。もしかするとそれ以上かもしれないし、それ以下かもしれない。しかし何せこの世の中だ。そう長くは生きられないだろう。
 あたたかい衣に包まれ、ジッと動かず、その時を待っている。いずれ羽ばたけるであろうその日を夢見て、こんこんと深い眠りから浅い眠りを繰り返している。そんな自分が惨めに思えるときもあるが、どうすることも出来ない。ただ時間の流れに身を任せるのみだ。長くは生きられないだろうから、せめて温かくなる前に食われてしまわないよう祈るばかりだ。
 あと何回眠ればいい? あとどのくらい考えればいい? 寒さに耐えながら、死の恐怖に怯えながら、あとどれだけ待てばいい?
 夢と現実の間を彷徨い続けているうちに、時折自分が何者であるのかも忘れてしまう。これは果たして夢か、現実か。それとも別の誰かの夢なのか。
 春はまだか。いつになれば春だと分かるのか。ひょっとすると、永遠にこのまま春は来ないのかもしれない。  

- end -

2010/01/11