ぐるぐる巡り春
永君、待ってて、今行くから。今、会いに行くからね。
どうしてこんなにドキドキしてるんだろう。心臓がばかみたいにうるさい。
息苦しい。あたし、こんなに走るの久しぶりだ。意外と速い。
たたた、と階段を駆け上がって、屋上に飛び出す。大きな音が響いたけど、気にしない。
そこには永君がいた。
「な、んで」
ハアハアと荒く呼吸を繰り返す。その間から飛び出す言葉達。
どこかでピアノが鳴っている。太陽の光が降り注ぐ、穏やかな午後。
「なんで、ここ、に」
君はもういないはずだった。そうだった。
どうして笑っているの?
ああ髪がぼさぼさだ。走ったから鼻の穴だってぶっさいくに膨らんで、あたし、今めちゃくちゃだ。心臓がうるさい。
「ね、なんで?あたしメールも電話もあんなにいっぱいしたのに出てこなかった」
「ごめん、寝てた。はは」
「冗談やめて」
あたしあんなに心配してたのに、永君死んじゃったかと思って、すごく不安で不安で。
なのにどうして、どうして本人はこんなあっけらかんとしちゃってんのよ。
わけわかんない。
「だって、一緒に卒業しようって決めたのに」
永君はいつも勝手だ。勝手にあたしから離れて、一人でどこか遠くに行っちゃう。
そこが好きなんだけど、たまに不安になるのもそこ。
「ごめんな、明日にはもう行くから」
「明日?」
え、明日って、急すぎない?ちょっと待って、まだ呼吸がおさまってない。もう少しゆっくり。
「何でそんな……」
ちょっと待ってよ、こんなに必死になっちゃったあたしがばかみたいじゃん。何でそんな普通に言えるの。
「クラスのみんなも心配してるよ」
「悪い、本当に悪いと思ってる」
けどもう決めたんだ、と永君は言った。
そのときの顔は、ちゃんとあたしの好きな永君の顔だった。あ、邪魔しちゃいけない。永君本気だ。
でも寂しい。結局あたしはいつもこうだ。永君を追いかけては、突き放される。これって、どうなのよ。
でもさ、こういうときは応援するよ、とか、頑張って、とか言うべきなんだよね。ああでもそんなのあたしじゃない!
あたしは、ううとかああとか唸って結局こう言った。
「絶対帰ってきてね!」
また会おうね。いつになるかは分からないけど、また。きっと。
そのとき、笑顔でお互いのこと話せたらいいね。
うん、そうだ、これがあたしだ。永君、あたし笑えてるかな。
永君は笑った。うあどうしよかっこいい。
「おー、絶対忘れん」
相変わらず風がざあざあ喚いていて、ピアノが流れてて、みんなの声がすごくうるさいそんな当たり前の昼休み。
あたしの心臓も相変わらず暴れていたけれど、季節は春。始まりの春だ。
- end -
08/8/26 修正
08/10/9 修正