「どう思ってるのさ」
「別に、何とも思ってない」
そう言ってバニラスムージーを啜る霧島。目が合った途端、すぐに視線が逸れた。
霧島と向かい合って座る井川が頬杖をつく。
「何ともないなら、こっち見てよ」
上目使いに霧島を見つめるその仕草に、胸の辺りがざわついた。ワイシャツの隙間から覗く白い肌はなめらかで、つい視線が首筋から胸元へと移ってしまう。
霧島は青ざめた表情で井川を見ている。井川はにっこりと笑みを浮かべ、霧島を見つめていた。
かわいそうに、そんな目で見られちゃ、冷静でいられないよな。俺は霧島に同情した。
「何とも思ってないよ。だって、関係ねーもん」
霧島はそう言って、乱暴にスムージーのグラスを置いた。立ち上がる霧島の腕を、俺が慌てて掴もうとするも、振り払われてしまった。
あんなに霧島を怒らせて、井川は何をしたいのだろう。さっぱり意図がわからない。
「いいのかよ」
「いいんだよ、あれで」
井川は平然とアイスティーを飲む。
「おい、それ俺のだぞ」
「いいじゃん、一口くらい」
「良くない、返せ。今飲んだぶん返せ」
「もう飲んじゃったよー」
べーと舌を出す井川。可愛い、なんて思わない。全く思ってない。
「もういい、お前にやる」
「いいの?」
井川が立ち上がり、嬉々として俺のアイスティーにガムシロップを入れる。半分ほどが井川の胃袋へと消えたところで、不意に井川がぐっと近づいてきた。柔らかい手が俺の手に触れ、するりと俺の手の甲を撫でる。
「ねえ、坂下くん。お願いがあるんだけど」
「何だよ」
俺の問いに、井川が口角を上げる。
「霧島くんの噂を流して欲しいの」
「霧島の?」
「そう。彼が魅月竜を殺した、ってね」
空になったアイスティーのグラスを傾けながら、井川はゆっくりと微笑んだ。グラスの中の氷が、音を立てて崩れる。
「あいつが、殺した? いや、魅月を殺したのは――」
言いかけて、言葉が喉の奥でつっかえた。魅月竜を屋上から突き落としたのは、誰だった? どんな奴だった?
「殺したのは、霧島くんだよ」
にっこりと笑って告げられた言葉に、何も返す言葉が見つからなかった。
名前も顔も、出てこない。
それでも確かに、俺のクラスメイトがもう一人いたはずだ。あれ? 誰だっけ? あいつの名前が出てこない。頭の中にぼんやりと、おぼろげな顔が浮かんでは消える。
「霧島が、屋上から魅月を突き落としたんだよ」
頭の中にいた、誰かが消えた。代わりに、魅月を突き落とす霧島の姿が浮かぶ。そうか、殺したのは、霧島じゃないか。霧島が、竜を突き落としたんだ。
「噂を流さないと、どうなるか、わかるよね」
卑しく笑う井川に、もう抗うことができなかった。
- continue -
2014/06/07