優さんの死から二週間。
私は河原へ向かっていた。あれからゆうきとは一度も会っていない。けれどあの時のゆうきの顔が忘れられなかった。
あの時、無理やりにでも動けば良かった。そうすれば、私にも何か出来たかもしれない。ゆうきにあんな思いをさせずに済んだかもしれない。
そんな後悔の念が、私を河原へと急かしていた。
* * *
河原に着くと、桜の木の下には先客がいた。桜の木の下に立ち、桜を見上げている赤紫の髪の男の子。
ゆうきだ。
私は開きかけた口を閉じる。声をかけられなかった。ゆうきの周りに漂う雰囲気が、何だかこれまでと違うように感じた。
どうしようか迷っていると、ゆうきが私に気づいてしまった。
「……ぼく、母さんのこと、大好きだったよ」
ゆうきは、桜を見上げ、私に背を向けたまま言う。
「みんなが気持ち悪いって言うぼくの髪と目の色、母さんだけは、綺麗だって言ってくれたんだ。………うれしかった」
私は何も言えなかった。どんな言葉をかけても意味が無いような気がして、何も言えず、ただゆうきの背中を見ていた。
「でも、ぼく知らなかったんだ。母さんが、ぼくのせいで周りの人からいじめられてたなんて。母さんはそんなこと、ぜんぜんぼくに言わなかった」
その背中が寂しく感じて、私は思わず言った。
「私もね、ゆうきと同じだよ。父さんと母さんが死んだ時、すごく辛かった。
だから、ゆうきの気持ち、わかるよ」
ただ、元のゆうきに戻ってほしかった。それだけだった。
「……『わかる』?」
ゆうきが私の言葉にぴくりと反応した。私の方を振り返る。
「だったら、ぼくはこれからどうすればいいのか、おしえてよ」
ゆうきの左右色違いの瞳が私を睨みつける。その瞳を見て、ビクリと体が震えた。
ゆうきが怒るなんて初めてだった。
「ご、ごめん。あたしはただ……」
「雪菜。もう、ぼくに関わるな」
「……え?」
一瞬、ゆうきが何を言ったのか分からなかった。ゆうきはまた背中を向ける。
「もう、だれもしんじたくない。なにもしんじたくない。
ぼくは、ぼくだけをしんじる」
ゆうきの表情は、とても冷たかった。
全てを拒絶していた。
全てを憎む、眼をしていた。
(もう、止めよう)
これ以上ここにいても、今の私には何も出来ない。悔しいけれど、何も出来ない。
一緒に泣こうと言ってくれたゆうきは、もうここにはいない。
仕方なく、私はゆうきに背を向けて歩き出した。
声が聞こえたのは、それからすぐのこと。
「母さん、ごめんね」
微かにそんな声が聞こえて、私はハッとして振り向いた。
ゆうきは桜を見上げていた。その肩が震えている。
「ごめんね」
何度も何度も、震えた声でそう言っていた。声を押し殺して、何度も何度も、まるで呪文のように。
「ごめんなさい」
その言葉の意味を、私は漸く理解した。
ゆうきは、優さんを怨んではいなかった。本当に本当に、大好きだったんだ。
だから自分を責めた。優さんの気持ちに、辛さに気づけなかった自分を責めたんだ。
そう悟り、思わず涙が溢れた。
(……ごめんね)
何も出来なくて、ごめんね。ごめんね。
私は何度も、心の中で謝罪の言葉を繰り返した。
* * *
あの時、決めた。
いつか、私が優さんの代わりになろう。今度は私がゆうきを救ってあげよう。
時間がかかるかもしれない。それでも、せめて傍にいてゆうきを護ってあげよう。
そう決めたんだ。
- continue -