どこかでゆうきの声がしたような気がして、雪菜は顔を上げた。
空耳だろうか。だけど、この胸騒ぎは何だろう。なんだか嫌な予感がする。
「どうした、旭」
突然立ち上がったことを見咎めた教師に訊かれ、雪菜はとっさに嘘をついた。
「あの、頭痛が酷いので保健室に行ってもいいですか?」
「八神に続いてお前もか。……まぁ、今日はゆっくり休め」
「はい」
雪菜はホッとして席を離れた。もちろん、ゆうきの所へ行くために。
* * *
(あの紅い瞳……ヤバイ)
ノバはただ立ち尽くしていた。何も出来なかった。
(両目が紅くなってから、また妖気が上がりやがった……!)
何故だ? 何故こんなに強い奴がこんな所にいる?
このままじゃやられる。
その時だった。ゆうきの体がぐらりと傾いだのは。そしてうつ伏せに倒れ込んでしまった。どうやら意識はないようだ。
よく分からないが、チャンスだとノバは思った。
「あばよ、八神ゆうき」
(悪く思うなよな)
そして、ノバがポケットから二枚目の呪符を取り出そうとしたときだった。
「待って!」
一人の少女がノバの前に立ち塞がった。
「ゆうきに何かしたらただじゃおかないわよ!」
* * *
保健室に行く途中窓からゆうきを見かけ、雪菜は校舎裏へと急いだ。そっと物陰から様子を覗き込んでみたのは、ゆうきが倒れている姿。
雪菜はそれを暫くは呆然と見ていた。そして近くにいる男子生徒の様子がおかしいことに気づく。
そもそもゆうきが倒れている時点で、この男子生徒が何かしたに違いない。そう思った雪菜はゆうきの元へと飛び出した。
「待って!」
校舎の影から飛び出し、男子生徒の前に立ち塞がる。そして叫んだ。
「ゆうきに何かしたらただじゃおかないわよ!」
いきなり現れた雪菜にそう言われ、男子生徒は少し驚いたようだったが、すぐに落ち着きを取り戻して言った。
「どけ。こいつは危険だ」
――こいつは危険だ。
その言葉で、雪菜はさとった。
そうか、この人も同じなんだ。ゆうきを化け物としか見ていない。
「あんたに何が分かるのよ」
何も知らないくせに。ゆうきがこれまでにどれだけ苦しんできたか、知らないくせに。
今までゆうきがどれだけ孤独な思いをしてきたか、この人には分からないのだ。そう思うと腹立たしかった。
「何も知らないくせに、分かったようなこと言わないで」
雪菜はノバの顔にぴたりと視線をあてて、そう言った。ノバの眉がぴくりと動く。
「もしゆうきに何かあったら、私、貴方のこと許さないから」
それは決意だった。ゆうきを今度こそ守るという、自分への戒めでもあった。
男子生徒はそんな雪菜をジッと見ていたが、やがて持っていた細長い紙切れをポケットに収め、深いため息をついた。
「分かったよ。今回は何もせずにおいてやる」
そう言って、男子生徒は雪菜に背を向け歩いていった。
* * *
その後で、ゆうきはすぐに目を覚ましたゆうきを、念のため雪菜は保健室に連れて行った。ゆうきは嫌がっていたが、どうやら抵抗するだけの力がないらしく、最終的には素直に従った。
擦り傷などの手当てをしながら、保健医は呆れたように言う。
「全く、こんな傷どこでつけてきたのかねえ……」
その他にも少し皮肉を言いはしたものの、あまり深くは突っ込まずゆうきをベッドに寝かせた。どうやら睡眠不足だったようで、ゆうきはすぐに眠りについた。
「先生。あの、私ゆうきについていてもいいですか?」
雪菜が恐る恐る尋ねると、保健医は何かを察したようににやりと笑った。
「あー、そういうことね。いいわよ別に。心配なんでしょう?」
「ありがとございます」
「まあ、起きたときに誰かいないと不安だろうしね。ちょっと私職員室行ってくるから、好きなだけ傍にいなさいな」
「えっ」
雪菜はようやく言われている意味が分かり、顔が熱くなった。そんな様子を見て保健医は楽しそうに笑い、部屋を出て行った。
- continue -