屋上へ着いた。
今日は風が強い。風がノバの髪を揺らす。強い風で雲はどこかへ流れていき、雲一つ無い蒼い空がどこまでも続いている。
昼寝をしに来た訳ではない。今回は、ある目的のために屋上へ来たのだ。
ノバは学校を空から見下ろす一匹のアヤカシを見据えた。
(……蛇?)
アヤカシは、普通形を持っていない。ふわふわと漂いながら、変則的に形を変えていく。
なのに、このアヤカシは形が定まっている。
深緑色をした、普通の蛇の何倍もある大きな蛇。大人の人間よりも大きい。目は細く切れ長で黄色い。
ふと、昔あの男が言っていたことを思い出す。
“形が定まってる奴は、力のあるアヤカシだ。そう簡単には始末出来ないし、下手すればこっちが命を失う。気をつけろよ”
ノバは自分を嘲るように笑った。
――まだ覚えていたのか。あんな奴の言葉を。
だけど、その通りだ。あのアヤカシの妖力はかなりのもの。
もしかしたら、八神と同じくらいかもしれない。早めに始末しておかないと、大変なことになりそうだ。
ノバは、気づかれないようにそっとポケットから呪符を取し、アヤカシに向けて飛ばした。
しかしこちらに気づいていないはずのアヤカシは、それを軽く避けた。そのままふっと視界から消えてしまい、ノバは慌てて辺りを見回す。
―バレバレなんだよ―
いつの間にか、アヤカシはノバの真後ろに移動していた。
―水蛇の一族は瞬間移動能力にも長けてんだ。覚えとけ―
スイダと名乗るアヤカシは楽しそうに笑いながら言った。……アヤカシにも名前があるのだろうか?
「蛇野郎、お前が首謀者か?」
―首謀者? ……まあ、そうだな―
「目的は何だ」
そう尋ねると、スイダは薄ら笑いを浮かべたまま答えた。
―八神ゆうきだよ―
「八神?」
ノバは眉を顰める。何故あいつの名前がここで出てくる?
スイダは黄色い目玉を大きく見開いた。
―あいつを殺すのさ。俺はそのためにここへ来た―
スイダの口から、ちろりと赤く細い舌がのぞく。その表情は憎しみに満ちていた。
ノバは黙って再び呪符をポケットから取り出す。
「お前がどうだろうが関係ない。俺には、アヤカシから人を護る義務がある」
振り返り、スイダの目を真っ直ぐ捉える。
「お前は絶対に、ここで俺が始末する」
それを聞いたスイダの顔は、狂喜に歪んだ。その眼を見て、やはり只者ではないと確信する。
(そっくりだ)
あの男そっくりなのだ。妹と母を殺し、自分をも殺そうとしたあの憎い男の眼に。
あの過ちを繰り返してはいけない。もう二度と、人間を死なせるわけにはいかない。死なせない。そう決めた。
負けるわけにはいかない。もっともっと強くならなければならないのだ。
この程度の相手に負けるようでは、あの男を殺すことなど到底不可能なのだから。
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